
おじいちゃんとZico
zicoのおじいちゃんに会いに、彼の家に遊びに行った。
ジーコのおじいちゃんは、ウルドゥーのライターで、
どんなトピックも扱える、とても博識な方。
世界で始めて、科学を詩の中で扱った詩人でもある。
科学と詩という、ありえない組み合わせの詩を
想像できるだろうか。
ものすごい発想というか、詩という世界を
崩した爆発的な発想だ。
アッラーが私達を作ったと信じている人達が、
どうして科学を受け入れられるというのか。
単純に疑問に思った。
ウルドゥーの詩はとても綺麗な世界で、
多くの有名な詩人を輩出している。
残念なことに、私はウルドゥーがわからないので、
その本当の良さは語れない。
もちろん、英訳された詩は出版されているけれど、
その世界を知ろうと思ったら、
その言葉を理解しない限り、本当の詩の意味は捉えられない。
面白いことに、ジーコはムスリムのくせにウルドゥーが読めない。
彼はもっとウルドゥーを勉強すべきだ。
こんなにも素敵なおじいさんを持っているのに、
もったいないではないか!
前から、彼のおじいちゃんに会うのを楽しみにしていたので、
今日はとても光栄な一日となった。
彼は、推定80歳で、多くのウルドゥー文学の賞を受賞している。
マハラシュートラの理科の教科書の執筆にも加わっているそうだ。
それに加えて、インドの首相からも賞を受賞しているのだ。
素晴らしすぎる!
見かけはただの、眼鏡の度が合ってないおじいちゃん。
彼が執筆した本なんか、全部ほこりがかかって転がっていて、
古本屋の売れ残りの本みたいに扱われていた。
でも私からしたら宝の山のように見え、とても興奮した。
何が書いてあるかさえ、予想できないのに。
おじいちゃんは裕福ではないけれど、とても暖かくて、
私の頭に手をおいて、私を孫として迎え入れてくれた。
本当に本当に嬉しかった。
そして、面白いことにzicoのお父さんは漫画家だった。
漫画家といっても、ストーリーを書く仕事で、
絵は別の人が描くらしい。
日本のように印税制度ではなく、一つのストーリーを売るため、
いくら漫画が売れようが、彼の収入は変わらないらしい。
一つのストーリーで1000ルピーを稼いだという。
当時にしては、とてもいい給料だ。
90年代以前は、漫画はインド人にとっての一つの娯楽であった。
だが、TVの普及によって漫画文化は衰退し、
漫画家であった彼のお父さんは仕事を失い、
仕事を変え、今はレストラン経営をしている。
発展と犠牲は常なる関係。
むなしく感じた。

Zicoのお父さんと彼の作品達
彼の母方のおばあちゃん宅で晩御飯をごちそうになった。
そう、イスラム教徒のホスピタリティーの高さにはいつも感激する。
初めてなのに、久しぶりに家族にあった感覚になる。
これは私が訪れた全てのムスリムの家族に言えることだ。
彼らは私の期待を裏切らない。
彼らいつも家族と一緒。
核家族ではなくて、
全ての家族と一緒に過ごすのだ。
私はイスラム教徒の家族が大好きだ。
もちろん、彼らの教えに従うことはできないけれど、
彼らの人間としての完成度には、いつも感心させられる。
家族全員の家にASalam walaiqumと言いに行く儀礼。
これ一番大好き。

Adman, me and Zico
これでもかというぐらい、お腹いっぱい食べて、
今度はアドマンの家にお茶を飲みにいった。
彼のお母さんはパキスタン人で、
両親はいとこ同士。すなわち、父親にもパキスタンの血が流れている。
しかし、彼はインドで育ったため、インド人である。
パキスタンの血が入っているので、みんな見事に綺麗な顔立ちをしている。
彼のお父さんは、英語とパシュトゥー語の同時通訳として、
パキスタン、アフガニスタンにラジオでニュースを流している。
これまた興味深い。
両家とも裕福ではないけれど、とてもいい家族で、
というか、パテルナガルのムスリムコロニー自体が、
いわゆるムスリムのコロニーで、
どこかインドとは異なり、薄暗く、下級の上か中級の下という感じ。
この雰囲気もとても好き。
今度はムスリムコロニーで部屋を探そうかな。
中央アジア、西アジアの歴史と問題を学ばなければならない。
プラス、ウルドゥーもしくはペルシア語をもっと理解する必要もある。
もちろん、チベットの歴史も知らなければ。
私の好奇心は今マックスに高まっている。
こんなにも素敵な私のイスラム家族が近くに住んでいるのに、
私は南デリーに行くのか。こんな時にかぎって。
グリーンパークでも素敵な出会いがありますように!
08/11/08

No comments:
Post a Comment